【＆M連載】小川フミオのモーターカー
最もカッコいい自動車は何か。それは、実験車ではないだろうか。例えば、最高速への挑戦のために作られた速度記録車。機能美の極致だと思う。初代「ホンダ・インサイト」も、燃費の徹底的な追求という点で、忘れられないモデルだ。 ホンダが1999年に発売したインサイトは、同社にとって、初のハイブリッド乗用車。特徴は、凝りまくっているところだ。アルミニウムの押し出し材による車体フレームに、やはりアルミニウムを惜しみなく使ったボディー外板。 トヨタが97年にプリウスを発売して、大きなヒットを記録していたのも、ホンダのヤル気に火をつけたはずだ。面白いのは、トヨタとは全く違うアプローチを選択したこと。 乗用車でハイブリッドがプリウスの特徴である一方、初代インサイトは、燃費の追求が最大の目標で、極端なことをいえば、人なんて乗れなくてもいい、というぐらいの迫力があった。 車体は頭でっかちの昆虫のようだ。とりわけユニークなのは、リアにいくにしたがって車体がすっと伸びていることと、後輪が覆われていること。これらは空気の流れをスムーズにするためだ。 全長は3940ミリあるけれど、乗れるのは2人だけ。なぜ2人しか乗れないかというと、ルーフをしぼって空力（つまり燃費）を追求したのと、リアには電気モーター用のバッテリーを搭載したため、人が乗るスペースは犠牲にされてしまったのだ。 なんて、思い切りがいいんだろう。当時、本当に感心した。もちろん評価がわかれるところである。当時のメーカー発表値でリッター35キロという好燃費だったものの、あまり荷物も積めず、このクルマで何をしたらいいだろう、と迷うところだ。 ドライブトレインは、995cc3気筒エンジンによる前輪駆動で、モーターが駆動力を補助するシステムである。操縦感覚は、800キロ少々という車体の軽さもあって、出足がよく、そこからすーっと加速していく気持ちのいいものだった。 車体は軽いけれど乗り心地は意外なほど快適。かつステアリングホイールを切ってカーブを曲がるときの動きも、スポーツカーとは違うけれど、やはり期待以上にスムーズなのだ。 操縦感覚が悪くないとはいえ、ドライバーの関心事はどうしても燃費である。空調を使ったり、2人で乗ったりすると、たちまち燃費が悪化。リッター35キロというメーカー発表の燃費を実現しようと頑張ってはみたものの、相当ハードルは高かった。 例えば、スポーツカーだったらスペースがキツくても操縦する喜びが得られる。インサイトは、スポーツカーではない。ステーションワゴンでもない。2人しか乗れず、使い方が限定されてしまうこのクルマに乗る意義を、どう見いだせばいいか、迷う人が多かったようだ。 99年にはドイツのアウディも「A2」という、SUV的なスタイリングのコンパクトモデルを出している。1.2リッターディーゼルエンジンのモデルは、うんと軽量化した車体でもって、100キロを3リッターの燃料だけで走ることを目指していた。 アウディA2は、シフトレバーまでアルミニウムの削り出しのパーツを使うなど、やはり細部まで凝りまくった設計。さらにドアが4枚あって、4人乗れた。 でも、低回転域でのトルクが細いうえに、パワーも不足ぎみでクルマとしてはいまひとつ。運転以外にも、車体価格のわりに狭いとか高いとか、販売面ではハンデが色々あったようで、一般的な人気は低かった。 A2は2005年まで、インサイトは06年までと、それなりに長い間作られたものの、評価はどちらかというと、自動車ファンの間だけでとどまった。だからといって失敗作だと斬り捨てたくない。 インサイトといいA2といい、当時の目標だった3リッターで100キロという燃費を達成し、環境対策がより厳しくなるであろう将来における乗用車のあり方を模索して奮闘していたことの証明だ。 コンパクトな車体だけれど、色々な思いが形になった技術が詰まっている。その意味では、“雄弁”なクルマともいえる。言いたいことがいっぱいある。そこがいいのだ。 （写真=ホンダ提供） 【スペックス】 車名 ホンダ・インサイト 全長×全幅×全高 3940×1695×1355mm 995cc直列3気筒+電気モーター 前輪駆動 最高出力 70ps@5700rpm（エンジン） 最大トルク 92Nm@4800rpm（エンジン）+49Nm（モーター）
PROFILE
小川フミオ クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み（笑）。
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June 16, 2020 at 10:07AM
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