いつも楽しく、かつ勉強になるなと読ませていただいています。ロード選手の最近のポジションについて質問です。
サイモン・イエーツ選手など、かなり極端な前乗りの選手が増えています。あのポジションの一番の狙いは何でしょうか。風洞実験の結果のエアロ性能でしょうか。まるで個人タイムトライアルのようなポジションです。前後のタイヤへの荷重の均一化でしょうか。
あそこまで前に座ると使える筋肉がかなり変わってくるように見えます。あのポジションでも従来と同様お尻の筋肉も使って出力しているのでしょうか。それとも使う筋肉も違う、まるで別な乗り方なのでしょうか。
我々があのポジションをまねしてもよいものなのでしょうか。今後、あのポジションが一般化してくるのでしょうか。それに伴い、フレームのジオメトリーも変わってシートアングルが起きてきたりするのでしょうか。タイヤのワイド化が進み安定感が増したことで流行ってきたのかと思っていますが、今後はどうなっていくのでしょうか。
(30代男性)
TV解説などでもよく触れますし、僕自身も現役時代にはポジショニングにはずいぶん悩みました。
僕が現役だったころは、後ろ乗りポジションの全盛期だったんですね。ベルナール・イノーの影響が大きくて、彼はシート角74°が主流だった当時、72°のシート角のフレームに乗っていました。つまり、サドルがすごく後ろになるんです。
さらに言うと、ハンドルは遠くて低いので、深い前傾姿勢になります。僕がヨーロッパでフィッティングを受けたときも、サドルを思いきり後ろへ引かれ、ハンドルが遠いポジションにされた記憶があります。
僕も、なるほど時代は後ろ乗りなんだなと思って素直に従ったんですが、骨盤まわりをうまく使えずぜんぜん走れませんでした。僕は後ろ乗りに合ってなかったみたいです。
ところで、そのころはちょうどトライアスロンが流行り出した時代でもありました。彼らの自転車を見ると、当時からすでにかなりの前乗りなんですね。僕の目にはものすごく格好悪く見えたので、「トライアスリートは分かってないな」と思って見ていたんですが、むしろ時代はそちらの方向へ舵を切っています。
今やロードレーサーもトライアスリートのように前乗りをしています。ゲラント・トーマスなんていつもサドルがお尻に突き刺さるような前乗りじゃないですか。彼はサドルの先端に座ったままフランス一周したわけですよ。正直言って、僕の現役時代に前乗りムーブメントが来ていればよかったのにな…と思いますね。
なぜ前乗りが主流になったかですが、いくつか要因がありそうです。
ひとつはギヤが軽くなり、高いケイデンスで走るようになったこと。後ろ乗りのポジションはハンドルを手前に引っ張りながらペダルを前に蹴りだす、まるでボートみたいなペダリングになるんですが、剛性が高い今のバイクは高ケイデンス走法のほうが合っているんでしょう。
あと、空力。風洞実験でエアロを追求すると、前乗りになっていくみたいですね。前乗りでクリートを深くして、くるくる回すのが今のスタイルです。イメージ的には、まずプロ選手たちのTTバイクのポジションが前乗りへと変化していき、その後、通常のロードバイクのポジションもそちらへと引っ張られていった感じですね。当然使う筋肉も後ろ乗りとは異なってくるでしょう。
それともう一点、最近のカーボンフレームは剛性が高くなった一方で、衝撃吸収性も良くなっています。フロントフォークも同様なので、前乗りでも安定するようになり、したがって人間側はどんどん出力に振った乗り方が可能になっているのかもしれませんね。
この走り方は合理的でもあるようです。マッサーの中野さんが、このポジションが主流になってから選手の故障が減ったと言っていました。
ただ、欠点がないわけでもないようです。
実は僕らの時代にも前乗りポジションはありました。「強制踏み込みポジション」と僕は呼んでいましたが、高いパワーでペダルを回し続けられる一部の人は当時からこのポジションにする傾向がありましたね。
しかし裏を返すと、高いパワーで回せない人にはあまり向かないポジションだということでもあります。高いサドル位置でペダルに高いパワーを加え続ける、いわばずっとダンシングを続けるような走りが前提のポジションですから。ゆるく乗る人にとっては苦しく感じられるかもしれません。
あと、前乗りだと当然不安定にもなります。下りやコーナーは怖いですね。よほどスキルがあるならいいですが、初心者に向いているとは言えません。
したがって、質問者さんのレベルにもよりますが、レースに積極的に参加するのでなければ、トラディショナルなポジションのほうが向いているかもしれません。トップレーサーの正解が、すべてのサイクリストにとっての正解ではありませんからね。
一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。
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